重症筋無力症(MG)の病因
MGは、病原性IgG自己抗体によって生じる自己免疫疾患です。病原性IgG自己抗体は、シナプス後膜上の運動終板にある特定のタンパク質を標的とし、神経筋接合部でのシナプス伝達を阻害します1,2)。
現在、MGの病因として認められている自己抗体は抗アセチルコリン受容体(AChR)抗体と抗筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(MuSK)抗体の2つです3)。3番目の候補として、低密度リポタンパク質受容体関連蛋白質4(LRP4)抗体4)も検討されてきましたが、疾患特異性が低いことから、国内のガイドラインにおいて「病原性自己抗体であると結論するエビデンスレベルに達していない」と判断されました3)。
抗AChR抗体及び抗MuSK抗体のいずれも陰性のMGはdouble seronegative(DS-MG)と分類され、DS-MGには抗体が検出不能のMG5)、LRP4抗体あるいは未知の自己抗体陽性のMGが含まれます3)。
国内の13施設、1,710例のMG患者を対象とした多施設共同横断的調査であるJapan MG registry(JAMG-R)の2021年調査の報告によると、抗AChR抗体陽性の患者割合は82%、抗MuSK抗体陽性は3%でした6)。
重症筋無力症(MG)の疫学
2017年に受診したMG患者を対象とした全国疫学調査によると、患者数は29,210人、人口10万人あたりの有病率は23.1人と推定されました。2006年の調査から11年で約2倍に増加しています7)。
-
全国疫学調査による推定患者数7)
- 2006年
- 15,100人(男女比 1:1.7)
- 2017年
- 29,210人(男女比 1:1.15)
-
有病率(人口10万人あたり)7)
- 2006年
- 11.8人
- 2017年
- 23.1人
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特定医療費(指定難病)受給者証所持者数8)
令和3年度末現在 25,568人(重症筋無力症)
同調査によると、発症年齢中央値 (IQR) は59歳 (43~70歳) でした。男女別にみると、男性の発症年齢中央値 (IQR) は60歳 (49~69歳)、女性は58歳 (40~72歳) でした7)。
重症筋無力症(MG)の症状
最も特徴的な症状は骨格筋の易疲労性を伴う筋力低下です。運動の反復によって筋力が低下し、休息によって回復します。また、日差変動、日内変動を伴い、一般的に夕方に悪化します1,3)。
初発症状として最も高頻度で発現するのは眼症状で、国内の調査によると眼瞼下垂が71.9%、複視が47.3%にみられました。次いで 四肢筋力低下(23.1%)、球症状(14.9%)、顔面筋力低下(5.3%)、呼吸困難(2.3%)の順にみられます1,3)。
筋力低下が進行すると、重篤な合併症である筋無力症クリーゼ(気管挿管や人工呼吸器などが必要な呼吸不全となった状態)を発症することがあります。MG患者の約15~20%は、典型的には診断から最初の2年以内に筋無力症クリーゼを経験するとされています13,14)。
MG患者さんの治療負荷・疾病負荷
MGは、半数以上の患者さんで生活、仕事に支障がない軽微症状(minimal manifestations;MM)(⇒MGFA Postintervention Status)の状態まで改善しますが、完全寛解はまれな疾患であり、多くの場合、生涯にわたって症状が継続すると考えられています3)。
MG患者さんのなかには、不十分な症状改善や既存治療に伴う負担によりQOLが低下している方や15-21)、失業や収入減少などの社会的不利益を経験する方22)が少なからずいることが報告されています。
治療介入後の症状の改善レベル23)
国内のMG患者を対象としたJapan MG Registry study(JAMG–R)の報告によると、2021年の調査におけるMMの患者割合は58%[全身型MG(gMG):52%、眼筋型MG:77%]でした。一方、寛解を達成した患者は11%でした。
MGの既存治療とQOLへの影響
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- コルチコステロイド
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MG患者327例を対象とした多変量解析によると、経口コルチコステロイドの用量はQOLに悪影響を及ぼす独立因子でした15)
- 主な有害事象23,24)
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- 短期
- 躁病、GI刺激作用、皮膚障害、MG症状の悪化 など
- 長期
- 骨粗鬆症、体重増加、皮膚萎縮、耐糖能異常、緑内障、白内障、筋障害、気分障害、感染リスク増加、高血圧、クッシング様外観 など
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- 非ステロイド性免疫抑制療法
-
- 多くの場合、効果発現までに数ヵ月を要します25)
- 疾患活動性とは無関係に、非ステロイド性免疫抑制薬による治療はSF-36の身体的側面の複合スコアに悪影響を及ぼしました26)
- 主な有害事象27-29)
- 感染症、耐糖能異常、高血圧、腎機能障害 など※
- ※
- シクロスポリン及びタクロリムス共通の主な副作用
-
- 免疫グロブリン静注療法(IVIg)、血漿交換(PLEX)
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- 病院で数日間にわたって行われるため30)、患者は高頻度の通院を要します
- 治療効果はIVIg及びPLEXの施行から数日以内に認められますが、臨床効果は病原性自己抗体が新たに合成されるため数週間しか持続しないとされています30)
- 主な有害事象
-
- IVIg
- 頭痛、発熱、軽症高血圧、悪寒、悪心 など31)
- PLEX
- ピリピリ感、悪寒/発熱、紅潮、悪心/嘔吐、遅発性C型肝炎、溶血、不整脈、腹痛、背部痛、クインケ浮腫、高血圧、投与部位血腫 など32)
MGが患者さんへ及ぼす精神的影響
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- うつ発症リスク(海外データ)33)
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MG患者は対照群と比較してうつの累積発症率が高く(p=0.003、log-rank検定)、ハザード比は1.94(95%CI:1.15~3.27、p=0.014、多変量Cox比例ハザード回帰モデル※)でした。
- ※
- 年齢、性別、併存疾患、都市化、月収で調整した
- 不安、疲労(海外データ)
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- MG患者の不安の有病率は33%であり、これは他の自己免疫疾患よりも高い数値であると考えられています34)。
- MG患者は、寛解または軽微症状(MM以上)の状態であっても身体的疲労及び精神的疲労を感じていました。また、疲労は抑うつおよび日中の眠気と正の相関を示しました(抑うつ:r=0.691、p=0.000、眠気:r=0.422、p=0.002、Spearmanの相関検定)35)。
MG患者さんの社会的に不利益な状況22)
就労による収入を得ているMG患者のうち、失業、不本意な配置転換、収入の減少を経験した割合はそれぞれ27.2%、4.1%、35.9%でした。さらに、収入の減少を経験した患者のうち47.1%は、50%以上の収入減少を経験していました。
重症筋無力症(MG)の治療
重症筋無力症(MG)の治療法
MGの治療は免疫療法を基本とし、補助的治療として対症療法が検討されます3)。
免疫療法として経口ステロイド、経口ステロイド以外の免疫抑制薬、ステロイドパルス療法、血漿交換(PLEX)、免疫グロブリン静注療法(IVIg)、分子標的治療薬があり、対症療法として抗コリンエステラーゼ薬などがあります。外科的治療として、胸腺異常に対して胸腺摘除が検討されます3)。
重症筋無力症(MG)の治療目標
MG治療では、患者さんのhealth-related quality of life (QOL)やメンタルヘルスを良好に保つように治療戦略を立てることが治療上の基本的な考え方として示され、治療目標として、「経口プレドニゾロン5mg/日以下でminimal manifestationsレベル(MM-5mg)」の早期達成が推奨されています3)。
全身型MGでは、早期速効性治療戦略(EFT)により早期改善と経口ステロイド量抑制の両立を図ります。EFTによりMM-5mgの早期達成が期待できます3)。
重症筋無力症(MG)の治療アルゴリズム
「重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン2022」では、病型(成人重症筋無力症(MG)のサブタイプ分類)ごとに治療アルゴリズムが示されています3)。
治療目標達成とQOL
Japan MG Registry study(JAMG–R)によると、国内の13施設、1,710例のMG患者を対象とした2021年の調査におけるMM-5mgの達成率は50%でした。また、同調査ではMM-5mgの達成と患者QOLの関連を評価し、MM-5mgの達成によりQOLの改善が期待できることも示されました6)。
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