てんかん診療における移行期医療
移行期医療(トランジション)とは
小児期に発症したてんかんは、大人になるまでに寛解することも多いですが、中には寛解に至らず、成人期以降も治療を継続しなければならない場合があります。実際に、小児てんかんの発作型別の予後は特発性てんかんと症候性てんかんで大きく異なり1)、小児期発症のてんかんのうち半数は成人期も治療が必要ともいわれています2)。すなわち、長期にわたり治療を必要とするケースが少なくありません。また、小児てんかん患者さんの成長の過程において、年齢による病態の変化や個々のライフステージや生活スタイルを考慮した対応が求められます。
トランジションとは、「小児期発症の慢性疾患を持つ患者が小児を対象としたヘルスケアから成人を対象とするヘルスケアへ切れ目なく移る計画的、継続的、包括的な患者中心のプロセス」を意味し、適切で必要な医療を切れ目なく提供することやその人らしい生活を送れることを目的としています3)。継続した治療が必要とされるてんかん診療において、青年期以降の諸問題は小児期医療で対応し続けることは難しいこともある一方で、成人期医療に携わる医療従事者では小児期発症の疾患の病態に対して必ずしも十分に対応できるとは限りません。
したがって、てんかん診療におけるトランジション、すなわち小児期医療から成人期医療への円滑な移行を見据えた中・長期的な治療計画を、なるべく早期から立てることが重要であると考えられています。
賀藤 均, 他: 日児誌. 127(1), 61-78, 2023
トランジションの現状
てんかんの子どもを持つ保護者を対象に実施されたトランジション問題に関するアンケート調査4)によると、将来のてんかん診療について59%の保護者が小児科での継続を希望しており、最も多かった理由は「今の治療を信頼している」でした。また、将来の成人診療科への転科については73%の保護者が不安を感じており、その理由として「引き継ぎがきちんとされるのかが心配」といった回答が多くみられました。
てんかんの子どもを持つ保護者に対するアンケート調査の主な結果
①患者背景 | 無回答数 | 全体(n=79) |
---|---|---|
①患者背景
患者年齢中央値(最小値~最大値) 15歳1ヵ月(12歳5ヵ月~18歳4ヵ月) / 無回答数:(0) |
(0) | 15歳1ヵ月(12歳5ヵ月~18歳4ヵ月) |
男子割合(%) 66% / 無回答数:(0) |
(0) | 66 |
母年齢中央値 44歳(33~57歳) / 無回答数:(1) |
(1) | 44歳(33~57歳) |
父年齢中央値 46歳(32~61歳) / 無回答数:(12) |
(12) | 46歳(32~61歳) |
問1 母の回答割合(%) 94% / 無回答数:(0) |
(0) | 94 |
問2 発症年齢中央値(最小値~最大値) 9歳8ヵ月(0ヵ月~14歳6ヵ月) / 無回答数:(1) |
(1) | 9歳8ヵ月(0ヵ月~14歳6ヵ月) |
てんかん罹患期間中央値(最小値~最大値) 71ヵ月(8~207ヵ月) / 無回答数:(1) |
(1) | 71ヵ月(8~207ヵ月) |
②アンケートの主な結果 | ||
②アンケートの主な結果
問3 一般校率(%) 66% / 無回答数:(0) |
(0) | 66 |
問4 療育手帳あり(%)
42% / 無回答数:(3) |
(3) | 42 |
問5 身体障害者手帳の交付(%) 16% / 無回答数:(5) |
(5) | 16 |
問6 てんかん以外の病名あり(%)
28% / 無回答数:(3) |
(3) | 28 |
問7 年単位以上の発作を認める(%)
41% / 無回答数:(1) |
(1) | 41 |
問8 断薬予定なし(%)
73% / 無回答数:(3) |
(3) | 73 |
問9 断薬したことがない(%)
78% / 無回答数:(3) |
(3) | 78 |
問10 抗てんかん薬3剤以上内服(%)
33% / 無回答数:(2) |
(2) | 33 |
問11 抗てんかん薬以外を内服(%)
16% / 無回答数:(2) |
(2) | 16 |
問12 てんかん外科手術(%)
5% / 無回答数:(2) |
(2) | 5 |
問13 てんかん以外の病気で他科(%)
33% / 無回答数:(2) |
(2) | 33 |
問14 転科をすすめられた(%)
0% / 無回答数:(5) |
(5) | 0 |
問15 てんかん診療で困ったことがない(%)
63% / 無回答数:(1) |
(1) | 63 |
問16 小児科で診てほしい(%)
59% / 無回答数:(2) |
(2) | 59 |
問17 成人以上で小児科からの転科を希望(%)
42% / 無回答数:(0) |
(0) | 42 |
問18 将来の科がわからない(%)
46% / 無回答数:(1) |
(1) | 46 |
問19 不安がある(%)
73% / 無回答数:(6) |
(6) | 73 |
【対象・方法】2013年4月〜12月に大阪小児科医会 勤務医部会 障害児問題検討委員会の委員が勤務している施設で、12歳の中学生から18歳までのてんかんの子どもを持つ保護者176例にアンケート用紙を配布し、回収された80例のうち小学生を除く79例の回答を分析した。
柏木充, 他: 脳と発達. 48(4), 271-276, 2016より改変
トランジション外来における診療連携と患者教育
成人診療科へのトランジションでは、患者さんや家族が孤立することなく、かつ、小児科医、成人診療科の医師、看護師、ソーシャルワーカーなど個々人に過度な負担がかからないように、地域の医療機関全体で移行支援や対策を行うことが望ましいと考えられています5)。
スムーズな成人期医療への移行のための仕組みの一つとして、トランジション外来を設けている医療機関もあります。トランジション外来では、看護師を中心とした多職種チームが、患者さん主体の成人期医療への移行支援、および診療連携の調整・支援を行います。移行支援には、年齢に見合ったヘルスリテラシーの獲得やメンタルヘルスの維持などが含まれ、特に患者さんが自分の病気や治療について理解し、ヘルスリテラシーを獲得することは円滑な成人期医療への移行において重要であるとされています6)。成人期医療への移行のためのヘルスリテラシー評価ツールとして移行準備状況評価アンケート(TRAQ)日本語版などが
トランジション外来のサポート体制
窪田 満: 小児保健研究. 78(3), 180-185, 2019より改変
- 1)
- Sillanpää M. et al.: N Engl J Med. 338(24), 1715-1722, 1998
- 2)
- Nabbout R., Camfield P.: Epilepsia. 55(Suppl.3), 52–53, 2014
- 3)
- 賀藤 均, 他: 日児誌. 127(1), 61-78, 2023
- 4)
- 柏木 充, 他: 脳と発達. 48(4), 271-276, 2016
- 5)
- 松浦 隆樹, 浜野 晋一郎: 小児外科. 54(5), 464-467, 2022
- 6)
- 窪田 満: 小児保健研究. 78(3), 180-185, 2019
- 7)
- 石﨑 優子 編, 佐藤 優希, 中山 健夫:「小児期発症慢性疾患患者のための移行支援ガイド」, P137-141, じほう, 2018
JP-P-DA-EPI-2300061